沖縄視察報告


沖縄視察報告
日時:2010年4月25日、大村市九条の会、2010年度第1回「集い」にて報告

  グスーヨー チュー ウガマビラ チューヤ メンソーチ クミソーチ ニフェーデービル
  皆さん 今日は 本日はご参加いただきありがとうございます。

  命(ヌチ) どぅ宝  平和 どぅ宝

  軍国主義教育から平和教育へ 1946年 沖縄の小学校1年生教科書 第1ページ
  アヲイ ソラ  ヒロイ ウミ

1)導入    
 1975年の海洋博以来35年ぶりの沖縄は、想像以上の都会でした。(那覇市37万人 長 崎市:約45万人) 幹線道路沿いに延々と続く米軍基地は初めて目にする光景でしたし、そのフェンスには「流れ弾に注意」との看板さえ掛けられていました。 交通手段はレンタカーをと考えていましたが、想像以上の車の多さとドライバーの荒い運転 にレンタカー使用を断念。主にバスと徒歩で移動することにしました。

2)沖縄県民の米軍基地に対する想いをインタビュー・新聞社訪問などで情報収集  
(1)沖縄国際大学学生さん、琉球大学大学院の学生さん、普天間中学野球部の皆さんの声
(2)「沖縄タイムス」「琉球新報」政治部記者
(3)4・25県民集会への参加チラシを配布する市民活動家の皆さんの声
(4)4月14日開催の緊急フォーラム「どうする普天間飛行場返還―民意に沿う移転・閉鎖の 道」(4月15日:琉球新報記事)

 使用する米政府、軍関係者が世界一危険な飛行場と自ら認める普天間基地を始めとして日本に駐留する米軍基地の75%が沖縄に集中しています。 沖縄県民が望んだ本土復帰は、即時・無条件・全面返還でした。76年のSACO合意後すでに14年が経過しています。さらにはグアム協定にある2014年までの海兵隊のグアムへの移転完了の協定が守られるのかとの不安の声は切実です。  

 基地が抱える諸問題に悩み、苦しめられてきた人達は、本土の人が沖縄の現状から目をそらすことなく、自らの問題として正面から捉えて欲しいのだと訴えられました。 国外移転が望ましいのは当然として、日米安保の下で今すぐの無条件撤退が不可能であれば、せめて本土にも基地機能を分担して貰いたいとのお気持ちでした。  

 お話を聞けば聞くほど沖縄の皆様方が堪え忍んでこられた各事案の深刻さと年月の重さを 感じずにはいられません。 日本各地に於ける基地移設反対運動が自分の所にさえ来なければといった矮小化された次 元に止まるものであってはならないと痛感しました。

3)移転先候補地「大村」の取り組み方について
 「大村市への米軍基地移設に反対する市民の会」の署名活動、「反対市民集会」の開催を 目指した更なる平和運動の展開が必要。

参考事項:
(1)徳之島反対集会15,000人(主催者発表 人口26,000人)        
(2)島内3町長に政府の示す条件を聞くべきだと申し入れをする人達がいる現実。

4)「大村市九条の会」の今後の取り組み
前回「集い」冒頭:「沖縄の人達の多くが撤去を願う米軍基地は日本の何処にもいらない」  

・4月9日没 井上ひさし氏(75才)の志を引き継いで      
<語録>
(1)「これまで『九条を守れ、憲法を守れ』と声をあげ、『戦争をしない、交戦権は使わない』といった否定路線を守ってきた。そこで痛感したのは、100%守 ったとしても現状維持なのです。守れ、守れというだけでは先に進まない。 一歩でも半歩でも前に進む。そのように意識を変えていきたい」 「今、平和を語る」 2008・2・4         

(2)ペンクラブ専務理事、小中陽太郎氏談によると、会長留任要請に対し、「『九条 の会』を心ゆくまでやりたい」との理由で辞退されたという。2007年。

・時の政府は「日本国憲法」を遵守してきたのだろうか?
  密約は? 司法の独立は?  「憲法に軍隊を持たないと書いてあるのに軍隊を持っている唯一の国・日本」。それを許し てきた平和運動に係わる私達の責任は、力不足は? 憲法九条を世界の平和主義の核と位置付け、世界へ発信していく必要があるのではないか。     

・米国の軍事力、取りわけ核の傘が抑止力なのか。「日本国憲法」の平和主義こそが真の抑止力として機能しているのではないだろうか。

参考:海上保安庁も「JCG」と名乗っているが、国内法により軍事活動としての解釈を拒否し、武力行使を伴う他国のコーストガード(沿岸警備隊)とは一線を画している。  

ヘリパッド建設反対の看板と県民大会参加呼びかけの横幕(東村高江区、2010年4月11日撮影)

5)「世界はどう動いているのだろうか
・国連加盟国 192ヶ国(2006年現在。 日本 1956年12月18日加盟)  
(1)軍隊を持たない国:25ヶ国     
(2)常備軍を廃止した憲法を持つ国:5ヶ国  ・1921年 リヒテンシュタイン公国  ・1946年 日本(九条)  ・1949年 コスタリカ共和国(非武装永世中立)  ・1979年 キリバス共和国(フェニックス諸島) ・1994年 パナマ共和国  *2008年9月30日 エクアドル(外国軍事基地の廃止)

・2009年10月 国連総会第1委員会 核軍縮決議
170ヶ国が賛成(前回反対したアメリカが今回は共同提案国となる)
<2008年→2009年の賛否状況>       
(1)反対→賛成:米国    
(2)賛成→賛成:ロ、英、仏、独など        
(3)反対→棄権:イスラエル 
(4)棄権→棄権:中国、パキスタン、イラン           
(5)反対→反対:インド、北朝鮮

・2010年4月 米ロ核軍縮条約署名(米:オバマ ロ:メドベージェフ両大統領) 於:プラハ(チェコ)
戦略核 1,550発以下に削除他4項目(2002年署名:2,200発削除)
*
現核保有数 米:9,400 ロ:13,000 中:240発 他   

・軍事同盟下の国の数は
1960年→52ヶ国(人口:20億4千万人)
2010年→31ヶ国(人口:10億8千万人)     

軍事共同体→平和共同体が世界の流れを示している。(特にアメリカ離れか?)

・米軍基地撤去の動き      
(1)フィリピン:1991年 スピック海軍、クラーク空軍基地撤去        
*この撤去後に南沙群島「ミスチーフ環礁」を中国が占拠。 米軍の抑止力がなくなると尖閣諸島も占拠されると発言する評論家が存在する。 (NHK日曜討論)      
(2)エクアドル:2006年 マンダ空軍基地撤去      
(3)2010年3月 ブラジルがコロンビアに対して「米軍基地協定廃棄」を要請。

QアンドA
Q1:本土復帰日の1972年5月15日はどう決まったのか?
A1:米国は7月1日、日本は4月1日(日本の会計年度)を主張。それではと足して2で割った。5月15日は島津の侵略をうけた「尚寧王」が薩摩に連行された屈辱の日です。 返還日の決め方は沖縄人(ウチナーンチュ)の意志を無視した返還協定の中身と沖縄の今なお続く忍従を象徴しているようです。     
Q2:信号無視で中学生をひき殺した米兵は、何と言って無罪になったか?  「信号は青だった」、「ブレーキが故障」、「夕陽がまぶしかった」
A2:「夕陽がまぶしかった 」
Q3:プレ−トナンバーの「Y」は? 「E」は?
A3:プレート制度が横浜で始まったために「Y」。「E」は本国から持ち込まれた車両のナンバーと言われています。
Q4:日本軍のいなかった地域では米軍が上陸しても「強制集団死」はあったか?
A4:米軍の上陸で、住民は日本軍の命令・誘導などにより、集団的な殺し合いや自殺で死んでいったのです。日本軍のいなかった地域では、このようなことはおこりませんでした。
Q5:首里高校が甲子園から持ちかえって没収されたものは?
   甲子園の土  本土の新聞  日の丸の旗
A5:甲子園の土。甲子園の土が植物防疫法にふれるとして那覇港で廃棄処分されました。異民族支配を象徴する事件として話題になる。
Q6:沖縄の海兵隊の名称はどのような人の名がつけられたでしょう?
   歴代高等弁務官  海兵隊司令官  沖縄戦で活躍した海兵隊兵士      
A6:沖縄で戦功のあった海兵隊員の名前が付けられています。キャンプ・ハンセン、同・コートニー、同・マクトリアスなどがそうです。
Q7:象のおりとはなんですか?
   米軍の動物園  米軍の通信基地  米軍の刑務所       
A7:読谷村にある楚返(そべ)通信所のこと。1,996年3月31日に一部地主の土地が契約期限切れになり、法的措置がとられるまで国による不法占拠状態が続いたが2,007年12月に全面返還される。
Q8:軍用地主の一人当たり年間地料は、平均いくらでしょうか?
   240万円  540万円  840万円      
A8:軍用地主は約3万3000人です。軍用地料は800億円で、地主一人当たり平均地料は約240万円です。
Q9:反米的な瀬長亀次郎那覇市長を、市民はどのような方法で応援しましたか?
   労働力を提供する  税金を納める  省エネをする      
A9:米政府は補助金を打ち切ったり、お金を貸さないとして妨害しましたが、市民は率先して税金を納めることで市長瀬長亀次郎氏を応援した。
注:QアンドAの出典 2008年9月発行の新城俊昭著「ジュニア版 琉球・沖縄史」

資料1 普天間飛行場の返還・移転に関する概略
(1)1996年4月:日米両政府が普天間飛行場の返還に合意 以後14年が経過 沖縄に関する特別行動委員会(SACO

(2)2002年7月:政府と県、名護市が辺野古沖移設に合意

(3)2006年5月:日米両政府が在日米軍再編のロードマップで最終合意

(4)2008年3月:防衛省が普天間飛行場の移転先の環境影響評価(アセスメント)に着手

(5)2009年2月:日米外相(中曽根、クリントン)海兵隊のグアム移転協定に署名  

グアム協定:沖縄海兵隊(第3海兵遠征軍)のグアム移転に係わる協定。 2014年までに完了を目指す移転に係わる日本政府の資金提供を定めると 共に、在日米軍再編全体の推進を確認。 日本側負担経費は直接負担2,800億円。融資、出資を合わせると最終的に は6,100億円と言われている。

(6)2020年までに:代替施設完成 海兵隊員8千人、家族9千人のグアム移転完了

アメリカ軍海兵隊の普天間基地(2010年4月12日撮影)

参考1:2010年度軍事費予算:約4兆8千億円。その内SACO関係経費は約1,500億円で昨年比約540億円の増額。

参考2:思いやり予算(在日米軍駐留経費負担の通称):1978年、62億円から始まり 以後2,000億円台で推移。沖縄復帰以後の経費を合計すると5兆円超える。

参考3:日本に駐留する米軍基地数123。沖縄には39基地(施設)があり使用面積では 日本全体の75%。

参考4:駐留米軍兵士の数 日本約52,000人(2位) ドイツ:54,000人

参考5:基地面積 約5万ヘクタール=507平方q (世界第3位)  資産価値 約410億ドル(世界第1位)

参考6:駐留経費負担額 44億余ドル(世界第1位)  

・ 資料2 戦後沖縄関連参考資料  
・1972年5月15日。本土復帰(屋良朝苗初代知事 佐藤栄作首相)
SACO:日米特別行動委員会(県民の負担軽減、日米同盟関係強化) 1996年(H8)4月15日の中間報告に普天間飛行場の返還、機能の移転について言及。(以後14年間を経て現在に至っている)     

・沖縄における大規模県民集会
(1)1971年11月10日 「即時・無条件・全面返還」を求めるゼネスト(10万人)      
(2)1995年10月21日 少女乱暴事件などを糾弾する県民総決起大会(8万5千人)  
(3)1997年9月29日  「集団自決」への軍の関与に関する「家永教科書裁判」に対する 教科書検定意見撤回を求める県民大会。(11万余)      
(4)2010年4月25日 普天間基地を「国外・県外」へ  午後3時〜  読谷村運動広場において 県民大会開催 目標参加者 10万人 他地区でも連帯集会開催

(掲載日:2010年5月15日)