大村市九条の会

会報 第7号

発行:2005年12月
正しい時代
森ぶんめい

六十年前、日本人男子の平均寿命は
わずか23.7歳でした

多くの若者たちが
戦地で命を散らしたからです

戦地以上の戦地と化した内地でも空襲と飢えのため
多くの人々が命を落としました

三月の東京大空襲ではおよそ十万人
八月のヒロシマで十四万人、ナガサキでは十二万人

  それでもある人たちは
  その時代が正しいと言います

第二次世界大戦で死んだ兵士の六割は
実はほとんどが飢え死にだったとの記録があります

全滅に近い犠牲がでたレイテ島で生き残った兵士は
なぜ日本軍は捕虜になることを教えなかったのかと語ります

  それでもある人たちは
  この時代こそ日本なのだと言います

六十年前、日本人女子の平均寿命は
わずか32.2歳でした

爆弾と飢えとのために
飲む乳もなく赤ん坊が死んでいったからです

  それでもある人たちは
  その時代に戻りたいと言います

しかしまだ手はあります
それは「無防備地域宣言」です

その地域に固定した軍備施設がない
職業的な軍人がいない

戦争を望んでいない
たったこれだけで

「無防備地域宣言」はできるのです
すでにこの日本の二十数か所で

この運動はすすめられています

 日本は、戦後はたして尊敬される国になったでしょうか。尊敬される国というのは力が強く、武力で他国を侵略して行く国、何かというとポケットから札束を出して、いくらでも出すよという国をいうのでしょうか。

 そうではないと思います。でもこれからは、私たち国民の一人ひとりが、個人としてどれだけ国際社会のさまざまな運動に参加していけるかだと思うのです。

 たとえばイラクの人質事件。あの時外国の人たちは、日本人にも戦場に行って子どもを助けたり、劣化ウラン弾の被害を調べたりする人がいることをはじめて知ったのです。

 ところで、私たち大人は「坑道のカナリヤ」でなくてはならないと思います。坑道の中で酸素が薄くなっていないか、人間が死ぬことがないか調べるためにカナリヤを持って行き、カナリヤが苦しがれば、人間はそこで引き返すのです。

 いつか将来、私たちが子や孫から「なぜあの時黙っていたのか」と言われないために、今の時代の先頭に立ち、息苦しい空気の中を進むだけの勇気を持たなければなりません。

 自分達が生きているのは、次の世代のためだということを思い出してください。

 そのために、第九条はどうしても必要な、平和憲法の屋台骨なのです。九条がなくなれば、私たちの「日常」も「未来」もなくなるのですから。




私たちの子どもや生徒たちが戦火にまみれないように、いつまでもこの日常をまもるためにも、いっしょに憲法や教育基本法や子どもの権利条約を学び、教室で、地域で考え広げてゆきましょう。

「大村市九条の会」の趣旨に賛成してくださる方は、是非ご一報ください。